雷門まえをうろうろ歩いていたというのは、浮橋にもちっと解せなかったが、今はそれを詮議している場合でもないので、彼女は寄らず障らずの廓ばなしなどをして、しばらくその席をつないでいたが、花魁の八橋は容易に茶屋へ姿を見せなかった。
 女房も八橋があまり遅いのを待ちかねて、もう一度催促をやろうかと言った。
「いいえ、わたしが見てきいんしょう」
 浮橋は自分で兵庫屋へ引っ返して行った。番頭新造の掛橋に訊くと、花魁は急に癪が起ったので医者よ針よと一時は大騒ぎをしたが、やっと今落ち着いたとのことであった。浮橋はすぐに花魁の部屋へ行って見ると、八橋は蒼い刷毛でなでられたような顔をして、緞子に緋縮緬のふちを取った鏡蒲団の上に枕を抱いていた。
 八橋は明けて十九になろうという若い遊女で、しもぶくれのまる顔で、眼の少し細いのと歯並みの余りよくないのとを疵にして、まず仲の町張りとしてひけを取りそうもない上品な花魁であった。彼女は持病の癪にひどく苦しんだと見えて、けさ結ったばかりの立兵庫がむしられたようにむごたらしく掻き散らされて、その上に水色縮緬の病い鉢巻をだらりと垂れていた。自分の源氏名の八橋にちなんだのであろう、金糸で杜若を縫いつめた紫繻子のふち取りの紅い胴抜きを着て、紫の緞子に緋縮緬の裏を付けた細紐を胸高に結んでいた。
川口 歯科



このサイトは無料ホームページ作成.comで作成されています