町には薄暗い雲の影がさしていた。笹村はそこから電車通りへ出て、橋袂の広場を見せて歩いた。そうしているうちに、お銀が風呂敷包みなどを抱えて、車で駈けつけて来た。
 家では神棚に燈明が上げられたりした。神棚に飾ってある種々のお礼のなかには、髪結のお冬が、わざと成田まで行って受けて来てくれたものなどもあった。
 じきに催して来た子供の便には、まだ粘液が交っていた。
「やっぱりつれて来て悪かったでしょうかね。」
 お銀はお丸を覗き込んでいる笹村に呟いた。
 一時に疲れの出たお銀が、深い眠りに沈んでいる傍で、笹村は時々夜具をはねのける子供を番していた。蚊帳の外には、まだ蚊の啼き声がしていた。「何はおいても、お義理だけは早くしておきたいと思いますがね……。」と言うお銀に促されて、床揚げの配り物をすると一緒に、お冬へ返礼に芝居をおごったり、心配してくれた人たちを家へ呼んだりするころには、子供はまだ退院当時の状態を続けていたが、秋になってからは肥立ちも速かであった。そしてその冬は、年が明けてから、ある日出先のお銀の弟の家で、急にジフテリアに罹って、危いところを注射で取り留めたほかは何事もなかった。
「この子は育てるのに骨が折れますよ。十一になるまで、摩利支天さまのお弟子にしておくといいんだそうですよ。」
 お銀はお冬の知合いのある伺いやの爺さんから、そんなことを聞いて来たりした。
 しかしうっちゃっておいても育って行くように見えた、次の女の子が、いつもころころ独りで遊んでばかりいないことが、少しずつ解って来た。この子供は、不断は何のこともない大人の弄物であったが、どうかして意地をやかせると、襖にへばりついていて、一時間の余も片意地らしい声を立てて、心から泣きつづけることがあった。
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