母親は台所で行水の湯を沸かしていた。
「この子に初めて拵える着物が七十五銭なんて、私可哀そうなような気がして……。」と、お銀は涙含んでいた。
「一枚でたくさんじゃないか。それにこの柄というのはないな。」笹村は呟いた。
「そう言うけれど、ちょっといいじゃありませんか。子供にはこういうものがいいんですよ。それに有片だから、不足も言えませんわ。」
「医師の話のところへ、くれてやればよかったんだ。」
「でもまアいいわ。いくら物がなくたって、他人の手に育つことを考えれば……。」
 お銀はせめて銘仙かメリンスぐらいで拵えてやりたかったが、それを待っていると拵える時が来そうにも思えなかった。
「それに、お宮詣りに行かないとしても、祝ってもらったところへだけは配り物をしなければなりませんからね。先の煙草屋などでは、毎日それを聞いてるんですよ。ここはお品のわるいところですけれど、そう貧乏人はいませんからね、出来ることなら氏神さまへ連れて行ってやりたいんですがね。」
 西日のさす台所で、丹念な母親は子供に行水をつかわせた。お銀も袂を捲りあげて、それを手伝った。
歯科医師国家試験 過去問



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