子供は配われたウエーファを手に持ったまま、倦み果てたような顔をして、ベッドに腰をかけていた。家から運んで来て庭向きの窓の枠に載せておいた草花も、しばらく忘れられて水に渇いて萎れていた。
「それじゃ私はちょッと家まで行って来なくちゃ……。」お銀はその不意なのに驚いたようであった。
「家へ連れて帰ったら、かえってずんずん快くなるかも知れませんね。――さあ、それじゃ私行って来ましょう。」
 そう言ってお銀は髪など撫でつけながら、病気が恢復期へ向いたころに、笹村が買物のついでに、淡路町の方で求めて来た下駄をおろして、急いで出て行った。
 その間、笹村は子供を抱え出して、廊下をぶらぶらしていた。むずかしい病人がしきりに担ぎ込まれたり、死骸が運び出されたりした。ひところに比べると、そのころの病院の景気は何となく、だらけたものであった。死目になって張り詰めていた笹村の心にも、弛びと安易との淡い哀愁が漂っていた。廊下の突当りに、笹村の来ぬ前から痩せ細った十一、二の女の子を看護している婆さんだけが、今では笹村夫婦の一番古い馴染みであった。その病人は里流れになった子であった。たまにパナマの帽子を冠った実の父親が訪ねて来ても子供は何の親しみも感じなかった。
「可哀そうなもんですね。」
 お銀は時々その部屋を見て来て、目を曇ませながら笹村に話した。
「家の坊やも、あなたの言うとおりに人にくれていたら、やっぱりあんなもんですよ。」お銀はそうも言っていた。
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