小夜子がそう言っているように思えた。
やがて二人は憑いていた狐が落ちたような気持で、帰路に就いた。
「莫迦らしい、十二円損してしまいましたね。」
川ぞいの家の門の前で自動車をおりる時、小夜子はそう言って笑った。
するとその夜おそく、庸三がK――青年と子供をつれて、春らしく媚めいた空の星を眺めながら、埃のしずまった通りを歩いたついでに、ふと例の旅館の重い戸を開けて、白い幕の陰にいた女中にきいてみると、梢さんがいるというのであった。
「もうお寝みになっていますけれど……。」
それを聞きすてて、三人でどかどか上がって行った。
果して葉子は寝床に横たわっていた。髪に綺麗なウエイブがかかっていて、顔も寝る前に化粧したらしく、少し濃いめの白粉に冷たく塗られて、どんな夢を見ようとするのか、少しの翳しも止めない晴々しい麗しさであった。彼女は紅い紋綸子の長襦袢を着ていた。
庸三は何か荒々しく罵って、いきなり頭と顔を三つ四つ打ってしまった。
葉子の黒い目がぽかりとしていた。
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