立ち上ろうとしたが膝が石のように固まって動かない。叫ぼうとしたが胸が鉄より重くなって呼吸が出来ない。やっとの思いで、わななく手を額に当てたが、その額は硝子のように冷たかった。
 忽ち粗らな拍手が起った。その音に連れて、眼の前の靄がズ――ウと開いた。楽屋の入口から燕尾服を着た日本人と、水色の礼服を着たカルロ・ナイン嬢が静々と歩み出して来るのが見えた。
 私は長い、ふるえた溜息をホ――ッとした。同時に全身の緊張が弛んで、腋の下から滴る冷汗を押える事が出来た。
 ナイン嬢と燕尾服の男は広場の真中まで来ると並んで立ち止った。
 二人が見物に対して丁重な敬礼を終ると、ナイン嬢が流暢な英語で左の意味の事を述べた。
「……満場の淑女……紳士方よ……。
 妾は先ほど皆様にお目見得致しまして、拙い技を御覧に入れました露西亜少女カルロ・ナインでございます。
 わたくしは今、バード・ストーン曲馬団の団員一同を代表致しまして、謹んで皆様にお詫び致さなければなりませぬ事が出来ましたのを深く深く遺憾に存じている者でございます。
 わたくしは包まず申上げます。
 この一座の花形として、皆様から一方ならぬ御贔屓を賜わっておりました、あの伊太利少年のジョージ・クレイはどうした訳か存じませぬが今朝から行方がわからない事に相成りました」
 嬢がここで一寸息を切ると場内の処々に軽い……けれども深い驚きの響きを籠めた囁きの声が、悲風のように起った……と思ううちに又ピタリと静まった。
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